先日のカウンセリングでは、「~してあげたのに何も返ってこない。」と繰り返すクライエント様の心に寄り添い、お話を拝聴し続けました。
そこから、何かをしてもらうことで満たされようとしている現在の心の状態が浮かび上がってきました。
「・・・されたかったのですね。」
「そう言って欲しかったんですね。」
ただ、
「はい。」
「そうです。」
と返答するクライエント様は、しだいにご自分の満たされたい心に気付いていきました。
それは、
行動の動機が、相手のためになることから生まれます。
確かに相手のためにといえば、聞こえはいいのですが、見返りを求めた瞬間、それは自分のためでもあったということになります。
相手のため=自分のため
この2つには、境界線がありません。
「~してあげている。」という感情が湧いたときには、その結果として自分が何かを得ようとしていることに気付く必要があります。
私が中学生の時、「ホワイトデーよろしく。」と言いながら、バレンタインのチョコを配り歩いていた女の子がいました。
これは典型的な見返り求めであり、相手に親切を押し付けて、自分が受け取る喜びを味わいたいだけの行動だとその時に苦々しく思ったものです。
満たされないものを相手の行為によって満たそうとすること、それは、潜在意識のはたらきでもあります。
「人を頼りきる」
と聞けば、多くの人が悪いイメージで捉えます。
しかし、誰にもこういう心はあります。
いいや、私は自立しているから誰にも頼ってはいないとおっしゃる方。
あなたも、0歳児~2歳児くらいまでは、母親がすべてを満たしてくれる存在だったことを思い出してください。
つまり、人は誰でも、誰かを頼りにする心を潜在的に持っているということ。
この存在を認めた上で、注目すべきは人を頼った先の行動や習慣にあります。
我々は、生活の中で、よくこんな思考が湧き上がってきます。
その方法はただ一つ。
行動を自らの喜びとして行うことです。
相手への期待感 < 自らの喜び
欠けているものを埋めるのではなく、ただ自らを喜ばせるために行動することです。
- 心からのプレゼントを贈った人はそれだけで満足できます。
- 相手に何かを伝えたくてメールを書き上げた人は、それを送ったことで自分の思いを伝えたことに心が満足できます。
- 真心で親切に与えた人は、その行為を行った自分を誇らしく感じることができます。
- 自分のために一生懸命働いている人は、限りない充実感を得ることができます。
- 食事を作ることが大好きな人は、そのことだけで喜びを感じるはずです。
行動が喜びに満たされていれば、相手の受け取り方によって心はぐらつかないものです。
あなたの心には、何か満たされないものはありますか。
その満たされないものを、別のもので代替えしていることはありませんか。
人生には、あきらめる、捨て去る、外す、手放す、許すなどの選択があります。
そして、その選択はあなたの権利として存在しています。
空っぽな箱を持っていたら、まずその存在に気付いてください。
母親の愛情の箱が空っぽの人が、別の愛情でそれを埋めようとしても、永遠に埋まることはありません。
それなら、その箱ごと、思い切って捨て去る勇気も必要です。
空いた空間には、あなた自身を本当に喜ばすことを組み込んでみましょう。
喜びに満たされた自分になれば、あなたの目の前に見えるものが必ず変わってくるはずですから。