マインドフルネスとは
マインドフルネス(mindfullness)とは、簡潔に言い表せば、
自分自身の状態への気づき
と言えます。
反対に、マインドレスネス(mindlessness)の状態を考えてみれば、はっきりしてきます。
例えば、恋人と向かい合って座っているのに、スマホを操作しながらコーヒーを口にするなどの、同時にいくつものことを行っているマルチタスクの状態がこれに当たります。
これが、マインドフルネスであれば、恋人と時を同じにして同じ場所に一緒にいることをたっぷりと感じていられるのです。
スマートフォン、飲み物や食べ物、会話でさえも必要なく、ただただ全身でそれを感じている状態。
今この瞬間を感じている
ここに、マインドフルネスの意味があります。
しかしながら、我々は忙しい現代社会の中にあって、このマルチタスクを日常的に取り込んでいます。
80年代にウォークマンというものが流行りましたが、歩行しながら音楽を聴くなどの行動は、マルチタスクの先端であったように思います。
マルチタスクは、注意力を分散し、脳内回路を切り替えて使い続けることから、脳への負担が激しいのです。
マインドフルネスの発祥
さて、ここへきて、マインドフルネスが話題になる理由を私なりに感じることを絡めて説明したいと思います。
マインドフルネスとは、1979年にマサチューセッツ大学医学大学院教授のジョン・カバット・ジンが、心理学の焦点化理論と統合させて、臨床的な技法として紹介したのが始まりです。
実は、彼は、禅の僧侶に師事し、そこから、ストレスや悩みなどへの効果を期待できると自らが実感したのがきっかけだったようです。
そして、それが欧米で広く受け入れられていったということです。
そもそも欧米では、モノを言わないことが愚鈍と言われるほど、議論することや個人の主張を持つことが大切とされ、沈黙や瞑想などという地盤が一切ないところに入ってきたものだから、彼らにとっては非常に目新しいものであったと考えられます。
実際に、今では、グーグルやアマゾン社でも、社員に瞑想の時間を設けるほど、社会の中でも認知されています。
このマインドフルネス・・・、元々の発想が、禅から来ていますので、日本人にはその文化的背景から、親しみやすく、取り組みやすいという利点があるのではないでしょうか。
生け花や茶道などは、その世界観を体現したものだと言えます。
私が長年取り組んでいた空手道でも、どんな激しい稽古を行っても、終了後には、師範の前に正座し、30秒ほどの瞑想の時間をとっていました。
マインドフルネスが目指す所
マインドフルネスの実践で有名な、ベトナム人僧侶ティック・ナット・ハンは、マインドフルネスの状態を、
会話をしない
口も頭も使わない
優雅で力強い沈黙の状態
私たちの心を癒し、養う沈黙
と表現します。
一言で言えば、
沈黙を聴く
心の状態を指します。
それにより、以下の3つの状態を作り出すことが可能であると言います。
Awareness(気づき)
自分が考えていること、していることを意識できるようになること
Being(存在)
価値判断や自己批判、または絶えず何かをしていかなければならないという考えを止めて、ただ経験と共に在ること
Clearlity(明瞭さ)
自分の生活の中で起こりつつあることに注意を向けてはっきりするように眺めること
これを続けていくことにより、今この瞬間を感じることができるようになっていきます。
過去への後悔も未来への不安もない、
今この瞬間
の感覚。
現代人が忘れかけていることだと言えます。
古いパソコンを使っていて動作が鈍いと思ったら、裏で多数のプログラムが作動していたなんてことはありませんか。
悩んでいる状態は、それとよく似ています。
必要のないものごとを考え過ぎている、過ぎ去った過去やまだ起こってもいない未来の出来事に捉われ過ぎているのです。
次のページで、具体的な取り組み方法をご紹介します。
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